三十路100%

部屋とワイシャツと三十路

わたしは逆上がりができない。

思えば小学1年生の時はスクールカーストの頂点に君臨していたと思う。

スクールカーストといってもよくあるいじめの首謀者だったり、誰も反論することのできない独裁者のような類ではない。誰の反応を恐れることもなくただただ真っ直ぐな心でみんなを遊びに誘うことができるくらいのリーダーシップがあったという話だ。まだまだ保育園気分が抜けない無邪気で小さい頃の話だ。

 

とにかく男子にも女子にも声をかけてみんなで遊ぶのが大好きだった。休み時間には誰よりも早くボールを持って校庭に走っていた。

「ドッチやろーーっ!!」と叫びながら校庭に向かうとみんなが笑顔で後から走ってきたもんだ。もちろんわたしが休みの時は誰かがこの役をやっていたはずで、とにかくわたしのクラスは男子も女子も仲がよかった。

 

 

わたしは保育園の頃から運動神経が良かった。誰よりも走るのが早かったし大抵のスポーツなら問題なくやることができた。

だからマラソンや跳び箱や色々な球技で苦労している子をみると何でできないのか分からなかった。

 

ある時、体育の時間にえっちゃんが跳び箱を飛べなくて泣いていた。えっちゃんは跳び箱が怖いと言った。体に当たるのが怖い。どう考えても飛び越えるのは不可能だと言った。

でも先生は同じように飛べないしょう君の相手で忙しそうだった。その間えっちゃんはずっとシクシク泣いていた。

えっちゃんが泣いていることに気づいた先生はわたしに向かって「お手本を見せてあげて、コツを教えてあげて。」と言った。

 

わたしは言われた通り跳び箱を何度か飛んでみた。えっちゃんは泣くのをやめて一生懸命見ていた。だがそこは小学生。わたしはわかりやすく踏みきりのコツを教えてあげることなんてできなかったし、えっちゃんだって自分の飛び方の何が悪いのか答えを出すのは難しかった。

 

その後えっちゃんは数回跳び箱にチャレンジしたが何度やっても飛び越えることはできなかったし、むしろ跳び箱に乗ることもできなかった。わたしはそんなえっちゃんのことを可哀想だなと思った。だからえっちゃんに「出来なくてもいいじゃん!」って言ってしまったんだ。

 

それから時間は流れて小学2年生になった。

その年もわたしは絶好調だった。元気があって、友達とたくさん遊んで、勉強も真面目にやった。自分に自信が溢れていたのを今でも覚えてる。怖いものなんて何もなかった。

 

 

小学2年生になると体育で鉄棒をやることになった。そしてそこでわたしは逆上がりというものに出会った。

まったく太刀打ちできないはじめての経験だった。よくわからないけれど、後ろ向きにぐるっと回る。ただそれだけ。それだけのことがどうやっても出来なかった。

そこからは毎日みんなと遊んだ後に公園で手の平が真っ赤になるまで逆上がりの練習をした。

 

でもどうやっても逆上がりは出来なかった。なんどやっても体が持ち上がらず、鉄棒の下に垂れ下がる格好になった。

 

しばらくして逆上がりのテストをすることになった。もちろん、このテストのために毎日練習して来たわけだったが、結局テストでも逆上がりはできなかった。

 

小学2年生だったので他にも逆上がりができない子は何人かいた。だが私はショックを受けていた。悔しさと同時に恐ろしいほどの羞恥心に襲われた。みんなから隠れて練習をし続けたのもみんなにできない自分を見せたくなかったからだ。私はなんでもできるスーパーマンで、間違っても鉄棒に垂れ下がるような人間だと思われたくなかった。

 

でも私は失敗した。

みんなの目は驚きと同情の目だった。

 

私は「えっちゃんの呪い」だと思った。

 

それから私は鉄棒が嫌いになった。嫌いになるから練習もせず、逆上がりは小学を卒業する頃になっても出来なかった。

だいたい高学年ともなってくるとできなくても何も困らない。大人になって逆上がりをする人なんていない。と心に言い聞かせるどこか屈折した自分がいた。

そんな私で「えっちゃんの呪い」が解けるはずなどなかった。

 

先日友達と話しているときに逆上がりの話になった。実は私一回もできたことないんだよね〜とヘラヘラ笑いながらえっちゃんのことを思い出した。

えっちゃんは跳び箱をとべるようになったのかな。私のかけた言葉の呪いから抜け出したのだろうか。そう思った後に無性に逆上がりがしたくなった。

 

だから近いうちに公園に行ってできるようになるまで逆上がりの練習をしようと思う。きっと今ならできるはずだ。大人になって頭で考えることができるのだから。体は重たくなっているけどそれでもきっと大丈夫。「えっちゃんの呪い」をかけたのは自分だから、自分でその呪いを解かないといけないんだ。

そしたらやっと7歳の頃の自分が帰ってくるはずだ。

 

 

でも今はまだ。

 

わたしは逆上がりができない。