あの冬のPlayStation
思えば遊ぶものに恵まれた子供時代だったと思う。
ゆとり世代と呼ばれた我々はゲームの進化とともに成長してきたといっても過言ではないだろう。
「最近の子はゲームばかりで外で遊ばなくなった。体力のない軟弱者ばかり。」
「ゲームばかりしているから勉強ができない。ゲームのくだらないことばかり覚えている。」
「ゲームばかりで人生無駄にしてる。」
こんな風に散々罵られてきたが、それでも我々は一切気にせずゲームをしまくった。
そのおかげかこれまでの華やかなゲームの歴史をたどると、当時の記憶が鮮明に蘇ってくる。
そんな私のゲーム史を少し振り返ってみようと思う。
始めてうちに来たゲーム機はスーパーファミコンだった。お姉ちゃんがお父さんにねだって買ってもらい、二人で飽きるほどやり続けた。もっていたゲームソフトはこんな感じ。
あのディクシーとディンキーが協力してドンキーとディディーを探しに行く?というシナリオだったはず。このゲームはディクシーがポニーテールを振り回してゆっくり下降したり、樽を投げたりとポニーテールつええゲームと記憶している。
これは2pで楽しめるアクションゲームだった。お姉ちゃんと協力して敵を倒して行くのだが、ちびうさになる裏モードを発動すると、背が低すぎて敵の攻撃が当たらないチートモードになった。
よく二人ともちびうさになって作業のように全クリし楽しんでいた。
やはりセーラームーン世代でもある姉妹だったのでセーラームーンのパズルゲームも所有していた。同じ色同士がくっついているところをポチるとパズルが消えて相手に攻撃がいく、ほぼぷよぷよゲーム。あまり好きではなかったがこれも2pでできたので姉に召集されてよくやった。
地獄みたいな溶岩が燃えてるコースが好きだった。石畳がガタガタいうとこ。
お姉ちゃんが誰かから借りて来た。何やこのゲーム全っ然始まらんやんけ。と思ったら始まってた。なにがゲームなのか分からなかったはじめてのテキストゲーム。不気味で遠ざけてたな。
マリオの鳴き声にイライラした人多数なはず。ヨッシーの長いベロで赤ちゃんマリオを何度も救出した。100点を出すのに夢中になって割とやり込んだ。
・がんばれ五右衛門
などとにかく色々やりまくった。まだまだ挙げきれないけど、全てが名作といいたくなる素晴らしい思い出。
次に手に入れたのがゲームボーイだった。
ど真ん中のポケモン世代。クラスの半分くらいはゲームボーイポケットと初代ポケモンのセットを持ってたんじゃないかな?
つーわけでよくやったソフトはこんな感じ。
最初はセーブのやり方がわからなくて毎回最初からというバカなことを繰り返し、「こ、このゲーム一発でクリアしないといけないのか(ゴクリ)」と本気で思った。オーキド博士に何度名乗ったかわからない。
親からは単四電池とハイチュウを与えればなんでも言うことを聞くと思われていた。
しかし、この時代、単四電池やらハイパーヨーヨーやら遊戯王のデッキやらを普通に買ってくれた父のことをマジの金持ちだし尊敬に値する大人だと思っていた。
今考えれば2、3000円でめちゃくちゃいい子になるなら私も出す。
なんでか持ってたwパンをもぐもぐ食べるのすっごい覚えてる。
なんか連打ゲーだった気がする。
いろいろやったけどさすがにポケモンの思い出が濃厚すぎる。
今の子供は白黒で液晶が光らないゲーム機wwってかんじなんだろうなー
これは持ってなかったけど友達の家に入り浸ってやりまくった。
これやってる時にはじめて友達のお母さんに砂糖醤油の餅を食べさせてもらった。あんまり好きじゃなかった。
高速ぐるぐるをいかに高速に出来るかに全員命をかけていた。全員手のひらが摩擦でずるむけになっていた。
子供の頃の思い出でマリオパーティ=超盛り上がるというイメージだけど今やったらそうでもないのかな。
だんだんみんながオシャレに移行してゲーム!ゲーム!とならなくなってきた時代。
はい、神ハード。
今では4まで出てますがやはり無印の思い出が一番濃いですね。
・xiサイ
これと友達の家でお世話になりました。当時も今もこのゲームのルールは知らない。笑
何となくでやってた笑
これやりながらロシアンルーレットおにぎりで豆板醤が大量に入ったの食べて吐いたな。
これも友達の家でやりまくったな。
なんかすごい友達の家行きまくってたんだな。
そして!
ドラゴンクエスト7 エデンの戦士達
私の中でこのゲームはほんとに思い出に残ってます。
すごい強いキーファが抜けた時の絶望感。あれは辛かった。
私の家ではリビングとは別の、ピアノを置いていた和室でゲームをやっていました。今考えるとすごいとこにピアノ置いたな。小さいテレビデオをゲーム専用に置いていて一人集中してゲームをやることが多かった。
もともとはお姉ちゃんといつもゲームをやっていたけれどいつのまにかお姉ちゃんは大人になっていてゲームなんて興味もなく派手な髪の毛になり派手な格好をして夜も遊びに行くようになりました。
ゲームにもわたしにも構うことはなく外の世界に出て行ったお姉ちゃん。少し寂しかった。
わたしよりゲームがうまかったお姉ちゃん。頭が良くてアドバイスをたくさんくれたお姉ちゃん。いつのまにか住む世界が変わって話をすることもなくなった。
わたしは一人で快適だと言い聞かせながらほんとは少し寂しかったのかもしれない。
ドラクエ7は当時のわたしには少し難しかった。
長い洞窟でどう進めばいいのか全くわからなくなったときがあった。
わかればすごく簡単な暗号だったんだけど全然分からなかった。冬の寒い夜、一人でシンと冷えた和室でずっと洞窟をさまよった。なんだか怖いBGMと全然抜け出せない洞窟と冷えた部屋。楽しいはずなのになぜか怖かった。
そんな時お母さんがヒーターをもって現れた。まだやってんの?なんていいながらゲームのことなんて全然わからないのにあーだこーだアドバイスをしてきた。そこは右なんじゃない?だいたい迷ったら右だよなんて、なんの脈絡もないことを言ってきて。
でもヒーターで部屋があったかくなって、お母さんにドラクエの説明をしてたらだんだん楽しくなってきて、なんだかすごい幸せだった。
多分お母さんは何言ってたか全然わからなかったとおもう。でもなんとなく寂しそうだったわたしのこと見抜いてたんだろうなって今は思う。
なんだか大したことない話だけどわたしの中では一番覚えてるゲームの話かも。
やっぱり母ってすごいよね。わたしもそんな母でありたいと心から思う。
いや。ちょっと待って。
わたし子供いないわ。
てか結婚すらしてなかったわ。
スプラトゥーンやろ。
ほな。