三十路100%

部屋とワイシャツと三十路

フジ月9「うさぎとかめ」

俺はしがない亀。動物学校でも地味でまさに空気みたいな存在だ。俺のことを気にしてるやつなんて誰もいないし、なんでもノロノロしているから先生だっておれを相手にはしない。だいたい学校なんて、強くてかっこいいやつと可愛いやつらが楽しむためにできている。

 

ガラガラガラッ  

「クチャクチャクチャ」

ドッカッ!

バンッ!

 

そうそう。俺のクラスにはもう一人学校を楽しんでなんてないやつがいる。兎田だ。

見た目こそいいものの、常に何かを睨んでいるし、暴力沙汰、前科持ち、暴力団の手下など不穏な噂が常にまとわりついている。 普通のやつなら兎田には近寄らない。もちろん俺も。

 

毎日が無意味に過ぎていく。俺はなんのために生きてるんだろう。俺みたいなのろまなやつはなにもかもみんなから遅れて、取り残されて、そして追いつくことはできずに死んでいくんだ。

 

 

 

 

五月になって俺のクラスに季節外れの転校生がやってきた。名前はハム美。ちいさいハムスターだが少しふっくらした女の子。

運悪くハム美は俺の隣の席になった。俺みたいなやつのとなりになるこの子の新しい学校生活を勝手に嘆いてしまう。

「はじめまして。ハム美です。えっと…」

「亀山です。よろしく。」

「亀山くん!よろしくね(ニッコリ」

 

ハム美はいい子だった。

いつもニコニコしていてみんなの輪にすぐ溶け込んだ。それでいて俺みたいなやつにも親切だった。初めて自分以外のやつと消しゴムを半分こしたり、お弁当のおかずを取られたり、プール掃除をしたりした。俺の学校生活はあっという間にキラキラしはじめた。

 

隣の席の俺は他のやつよりハム美とは仲が良かった。ハム美にはお父さんがいないこと。お母さんが長い仕事でいないため、おばあさんを頼ってこの村にきたということだった。

だから俺はいつも遅くまで学校に残ってハム美とどうでもいい話をたくさんした。

 

 

ある日の放課後いつものように屋上に向かうとハム美ともう一人の声が聞こえてきた。

「そんな事したらあぶないよ!」

「うるせーな!ほっとけよ!」

「ほ、ほんとにあぶないよ!先生呼んでくるよ!」

「おい!やめろっ!ったくっるせっーなー。」

どうやら兎田とハム美が言い争っているようだった。

「お前みたいなちびに俺が心配されるなんてありえねーだろ。」

「へへ。そうだよね。兎田くん運動神経いいもんね!でも、手すりの外はあぶないよ!」

「お前さ、俺のことこわくねーの?」

「う〜ん。怖いよ。いっつも睨んでくるんだもん。でも兎田君ほんとはいい人だって気がするんだ。」

「ちっ。うるせーな。わかったようなこと言いやがって。それに俺は人じゃなくて兎だ!!」

「ふふふっ」

 

そして少しの沈黙の後、兎田は屋上から出て行った。

少ししてそっと後ろから手すりの方に近づくと体まで赤くなったハム美がそこにいた。

 

俺はほんとにのろまな亀だから自分がハム美を好きだってことにこの時やっと気付いたんだ。

 

 

それからというものハム美が兎田を目で追いかけることが増えた。あからさまに話に行ったりはしないが、ハム美が兎田に惚れているのは誰が見てもわかる事実だった。

そんなハム美の気持ちを知らないのか知らないふりをしているのか兎田はますますみんなから孤立していった。学校に来ない日も増えていたが全員参加が義務づけられている運動会には渋々出てきた。

 

運動会の花形。男子リレーに何故だか俺も出場することになった。ハム美は最前列を陣取って応援していたが、ハム美の見たかった兎田はその頃にはいなくなっていた。のそのそ走る俺をハム美は笑顔で応援してくれた。

 

 

まだ残暑が厳しい初秋の頃。突然ハム美がいなくなった。おばあさんが心配して俺にも連絡がきた。俺はとにかく村中走り回ってハム美を探し回った。よくいった公園や、駄菓子屋や海岸にはハム美の姿はなかった。

 

俺がやっとその山のふもとにたどり着いたのは夜19時を回った頃だった。そこには同じように汗まみれの兎田がいた。

「亀山。たぶんここだ。」

それだけいって兎田は頂上に向けて走り出した。

兎田はめちゃくちゃ早かった。兎田の全力の走りを見たのは初めてだったかもしれない。俺が山を登り始めた時には、もう兎田の姿はどこにも見えなかった。

 

それからどれくらいの時間がたったか。こんなに自分ののろさを恨んだことはない。それでも俺は少しずつでも山を登った。俺も兎田みたいに走りたかった。甲羅を脱いでしまいたかった。自分が情けなくて涙が出た。

 

やっともうすぐ頂上というところで、兎田は寝転んでいた。

「はあ。はあ。お前。こんな所で何やってんだよ。ハム美はいたのか?」

「めんどくさくなったから寝てたんだよ。ほんとにてめぇは足がおせーな。」

「うるさいな!!!寝言言ってないで早く言ってやれよ。ハム美が誰待ってるかわかってんだろ?!」

「俺は行かない。あと頼んだぞ。」

「ふざけんなっ!おいっ!」

 

いい加減な兎田に俺はめちゃくちゃ腹が立った。自分の情けなさを忘れようとめちゃくちゃに兎田をなじった。それでも兎田は動こうとしなかった。

俺は悪態をつきつつ兎田をそこにおいて頂上へ向かおうとした。

その時兎田が「おい亀山。これ。」といってグッシャグシャのチューイングガムの包み紙を渡してきた。その中には少しのひまわりの種が入ってた。

「これあげりゃあ少しは泣き止むだろ。」

俺はそれを掴んで頂上に走り出した。二人の間にあるものがなんなのか分かっていながらも俺は走った。

 

 

次の日から兎田はいなくなった。

どうやら親が失踪しひとりぼっちになった兎田は、親戚を訪ねて遠くの町に引っ越したらしい。俺はハム美の顔が見れなかった。

 

 

 

 

 

それから20年。俺とハム美の間には可愛い子供が二人も出来た。とにかくしあわせな毎日だ。

可愛い子供と散歩に行ったあと、家のポストの前で子供が言った。

「パパーー!ガムー!」

ポストの中にはあの時と同じチューイングガムの包み紙が入ってた。

 

俺はそれを急いでひっつかんで開いて見た。

中には少しのひまわりの種と「亀山。悪かった。ありがとな。」とあいつの汚い字で書かれていた。

 

ちょうどあの日のような暑い秋のことだった。